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CDP2024の変更点は?統合質問書や中小企業向け質問書等を解説
近年、世界中で盛んになっている気候変動対策の一環として、CDPの質問書に回答する企業が多くなっています。CDPの質問書は毎年プライム上場企業を中心とした大企業に対して送付されていますが、2024年にはこの質問書の内容が一 […]
2022年度から、プライム市場の上場企業に対して気候変動に関する財務情報の開示が義務化されたことは、記憶に新しいでしょう。気候関連の財務情報を報告する際の国際的な基準が「TCFD」です。環境・社会・ガバナンスを重視するESG投資が世界的な広がりを見せる中、TCFDの重要性はますます高まっています。そこで今回は、TCFDとは何か、TCFDに沿った報告に必要なシナリオ分析の方法、ポイントについて、詳しく説明します。
TCFDは、“Task force on Climate-related Financial Disclosures”の頭文字をとったもので、日本語では「気候関連財務情報開示タスクフォース」といいます。気候関連情報を開示するさまざまな枠組みの基礎になっており、例えば、毎年企業に気候関連情報の質問状を送付し、レポートを作成する「CDP」などもTCFDの考え方を基礎としています。
地球温暖化をはじめとする気候変動の影響が深刻化する中、機関投資家や金融機関は、企業が気候変動のリスク・機会を経営戦略に組み込んでいるかどうかを重視するようになりました。こうした背景を受けて、TCFDが立ち上げられたのです。
TCFDでは、基礎的な開示項目として「ガバナンス」「戦略」「リスクマネジメント」「指標と目標」を設定しています。それぞれの開示項目について、気候関連リスクと機会の両面から考え方を説明するよう求めています。
また、4つの項目の中でも、組織の「ガバナンス」が最上位に位置付けられています。「ガバナンス」の項目では、リスクと機会に対する取締役会の監督体制や、評価・管理する上での経営者の役割などを明確化することが推奨されています。
世界全体のTCFD賛同企業・機関4,872のうち、国内のTCFD賛同企業・機関は、1,470に上ります(2023年10月12日現在)。約3割を日本の企業・機関が占めている理由のひとつに、「TCFDコンソーシアム」の存在があります。これは、事業会社と金融機関の対話の場として、民間主導で2019年に組成されたものです。TCFDコンソーシアムは、効果的な情報開示を支援するため「TCFDガイダンス」などを作成しています。
TCFDに沿った気候関連情報の開示にあたっては、「シナリオ分析」と呼ばれる手法をとることが推奨されています。これは、ほかの情報開示制度にはないTCFDの特徴のひとつです。
シナリオ分析とは、気候変動やそれに関連する長期的な政策動向が自社や自社事業にどのような影響を与えるかを、設定したシナリオに沿って細かく分析・予測する方法で、不確定な要素が多い将来も事業を持続していくための枠組みのひとつとして利用されます。
シナリオ分析を行うことで影響を定量化し、より具体的に把握できるようになるため、効果的な情報開示につながると期待されています。もちろん、シナリオ分析を行うには社内の協力や理解が必要な場面もあり、多くの手間がかかるでしょう。しかし、さまざまな対応パターンを深く検討することは、企業の危機管理能力を高めるためにも役立ちます。
具体的なシナリオとしては、気候変動の進行度合いによっていくつかのシナリオ群が想定されています。例えば、今世紀末の世界の平均気温の上昇を「1.5℃に抑えることができた場合のシナリオ」、「2℃以内に抑える目標を達成した場合のシナリオ」、「2℃以内に抑える目標達成ができなかった場合のシナリオ」などです。
シナリオ分析では、こうしたシナリオのそれぞれのパターンにおいて自社がどのように対応していくか、リスクと機会の両面から考える必要があります。そのため、分析に取り組む前に、リスクと機会にはどのようなものがあるのかを知っておくと良いでしょう。
まずリスクには、大きく「移行リスク」と「物理的リスク」の2つがあります。「移行リスク」とは、低炭素経済への移行段階における新技術の開発や政策の変更などによって起こりうるリスクのことで、さらに、「政策・法規制リスク」「技術リスク」「市場リスク」「評判リスク」に細分化されます。
「物理的リスク」とは、気候変動による物理的な変化に関するリスクのことです。異常気象自然災害に関する「急性リスク」と、平均気温や海面の上昇など、より長期的な影響が懸念される「慢性リスク」に分けられます。
大分類 | 小分類 | リスクの詳細 | リスクの例 |
---|---|---|---|
移行リスク | 政策・法規制リスク | 温室効果ガスの排出に関する規制、情報開示義務化などのリスク | カーボンプライシング |
技術リスク | 既存製品に対する低炭素技術導入、新たな技術への投資の失敗などのリスク | 新技術に乗り遅れる | |
市場リスク | 消費者の行動変容、原材料コストの上昇などのリスク | 既存製品への需要低下 | |
評判リスク | 業種への非難、ステークホルダーからの懸念増加などのリスク | 化石燃料事業に対する投資資金の引き揚げ | |
物理的リスク | 急性リスク | 異常気象・自然災害に関するリスク | 干ばつ・洪水 |
慢性リスク | より長期的な影響が懸念されるリスク | 平均気温・海面上昇 |
続いて、機会とは、気候変動への対策が経営改革につながるチャンスのことを指します。気候変動対策が事業にプラスの影響をもたらす可能性としては、主に次の5つの側面が挙げられます。
TCFDでは、シナリオ分析の手順として次の6つのステップを設定しています。
「1.ガバナンス準備」「2.リスク重要度の評価」「3.シナリオ群の定義」「4.事業インパクト評価」「5.対応策の定義」「6.文書化と情報開示」です。
それぞれのステップについて、わかりやすく解説します。
TCFDのシナリオ分析を行うにあたっては、関係者の理解を得ることが大前提です。
特に、意思決定の権限をもつ経営層にシナリオ分析の意義を理解してもらうことは最重要だといえます。ステップ1の「ガバナンス準備」では、経営層からの理解の獲得とともに、実施体制の構築や分析の対象、時間軸を決定します。
ステップ2では、はじめに対象となる事業に関するリスク・機会項目を列挙します。
次に、列挙されたリスク・機会項目のそれぞれについて、起こりうる事業インパクトを考えます。このときは定性的なインパクトで構いません。
そして、リスクが発生したときの事業インパクトの大きさを基準として、リスクの重要度を決めます。
前述の通り、2℃以下、1.5℃目標などのシナリオの中から、複数のシナリオを選択します。
可能な限り世界観の異なるシナリオを選ぶことで、リスクや機会の想定漏れを防ぎます。そしてシナリオを選んだら、リスク・機会項目に関する客観的なパラメータの情報を入手します。必要に応じて、将来のステークホルダーの行動など、自社以外の将来像もイメージすると良いでしょう。
財務諸表へのインパクトを整理するにあたって、気候変動による事業インパクトがどの財務項目に影響を与えるかをピックアップします。
試算可能なリスク・機会については算定式を検討し、財務的な影響を試算します。その結果を元に、将来的な事業へのインパクトを把握し、どのリスクを優先的に対処すべきか、順位づけを行うと良いでしょう。
対応策を実施するにあたって、ビジネスモデルの変革などが必要になる場合には、中期経営計画などを見直す必要があります。
このステップは、社内を巻き込みながら、事業計画にシナリオ分析を組み込んでいく統合のプロセスに当たります。
まず、自社のリスク・機会に関するものの中で、事業インパクトの大きいものへの対応状況を把握します。続いて、今後の対応策を具現化し、社内体制の構築や関連部署との具体的なアクションに着手していきます。
TCFDの開示項目におけるシナリオ分析の位置付けや、1〜5までの各ステップの検討結果を記載します。
対照表などを活用しながら、シナリオ分析の全体像をできるだけわかりやすく示すことが重要です。その際には、「何を」「どこまで」開示するかの判断が必要になります。また、開示にあたっては、より多くのステークホルダーの目に止まるように、幅広い媒体を通じて開示することが推奨されています。
こうした各ステップのさらなる詳細については、環境省の「シナリオ分析の実施ステップと最新事例」をご参照ください。
シナリオ分析について、例を挙げてみます。
ある一般消費財メーカーの場合
※ステップ1と6は割愛
ステップ | 項目 | 2℃シナリオ | 4℃シナリオ |
---|---|---|---|
ステップ2: リスク重要度の評価 |
移行リスク | 炭素税による製造コストの上昇や原材料調達面での規制や価格変化、並びに顧客⾏動の変化は、財務上大きな影響をもたらす 例)各国の炭素排出目標や政策⇒影響大、投資家の評判変化⇒影響小 |
|
物理的リスク | 平均気温上昇、原材料価格、水ストレス、異常気象の激甚化は、財務上、大きな影響をもたらす 例)平均気温の上昇⇒影響大、異常気象の激甚化⇒影響大、原材料調達⇒影響中 |
||
ステップ3: シナリオ群の定義 |
温度予測 | 産業革命時期比で0.9〜2.3℃上昇 | 産業革命時期比で3.2〜5.4℃上昇 |
想定する事象 | 規制や認証の導入により原材料コストの⾼騰が想定される | 脱炭素の機運は弱まり、自然災害、気温上昇に伴う原材料価格の高騰が想定される | |
具体的なリスク | ・炭素規制や再生材料へのシフトによる調達、製造コストの上昇 ・消費者の購買行動の変化による財務への影響(移行リスク) |
・自然災害による自社工場への物理的リスクとそれに伴うコストの増加 ・気温上昇による調達先における植物由来原料等の価格高騰(物理的リスク) |
|
ステップ4: 事業インパクト評価 |
リスク | ・政策変更や気温上昇に伴う原材料価格の⾼騰 ・台風等の自然災害によるコスト増 |
|
機会 | 気温上昇に伴い天候に関連する製品や防災用品などの需要拡大が見込まれるが、気候変動に対応するコストも増加するため、総合的には4℃シナリオよりも2℃シナリオの方が事業利益への影響が大きい | ||
ステップ5: 対応策の定義 |
対応策 | ・工場の脱炭素・低炭素化 ・再生材料の研究開発とエシカルな製品提供 |
・工場での省エネ施策の実施 ・自社独自の持続可能な原材料調達指針に基づく施策の実⾏ |
TCFDに沿った気候関連情報の開示にあたって、シナリオ分析がもっとも重要なポイントと言われます。一方でシナリオ分析には、経営陣や関連部署の理解を得たり、膨大なデータをまとめたりする必要があり、多くの労力がかかります。そのため、手順やポイントを押さえて進めることが重要です。シナリオ分析を行うことで、リスクや機会を抜け漏れなく網羅でき、より透明性の高い情報開示が可能になります。さらに、気候変動対応が整理され経営体制や戦略に組み込まれることで、事業レジリエンスの向上にもつながるでしょう。
2022年4月4日からは、東京証券取引所のプライム上場企業に対してTCFD開示が実質的に義務化されました。今後は、その他の市場に関しても義務化の流れが及んでいくことが十分に考えられます。大企業のみならず、中小企業においてもサプライチェーンの一環としてTCFDに沿った気候関連情報の開示が求められるかもしれません。TCFDやシナリオ分析とは何かをしっかりと理解して、対応の準備を進めることが重要です。
なお、TCFDは金融安定理事会によって設立されましたが、2024年以降は国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)で監視を引き継ぐよう要請した、と公表されました。今後の動向が注目されます。
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